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      『西川昌希』ヤクザの息子として育てられた少年時代…一流の競艇選手だったオレが八百長に手を染めた理由

      自身が出走するレースでわざと着順を落とし、高額配当を演出。そのレースの舟券を親戚経由で購入するという八百長事件……2020年1月8日、ボートレース界に大きな衝撃を与える事件が明るみに出た。

      ボートレース史上最大の八百長事件はなぜ起きたのか。事件の中心人物であった元競艇選手西川昌希氏の手記『競艇と暴力団「八百長レーサー」の告白』より、その背景を紹介する。

      ヤクザの息子として育った幼少期
      子どものころは、大きくなったら自分はヤクザになるものと思っていた。

      幼い時分に実の両親が離婚し、俺は母方の親類だった「弘道会」幹部に預けられ、「ヤクザの子」として育った。小学生時代から組の行事に参加し、中学時代にはパチスロ、ナイター競輪、裏ポーカーとバクチ三昧の生活。組のシノギがあったおかげで何不自由することない生活を送り、俺はワルのエリートだった。

      だが中学生のとき、その「育ての父」が、自身が所属する組の若頭殺害事件に関与し、逮捕されてしまう。

      「蛙の子は蛙」という諺を信じ、渡世人として生きる自分を思い描いていた俺は、途方に暮れた。そんなとき、偶然目にしたボートレーサーの試験にまぐれで合格し、俺は競艇(現在は「ボートレース」と呼称)の世界の住人となった。2009年に三重県の津競艇でデビューし、その後、トントン拍子に最上位ランクのA1に昇格。艇界では最上位レースの「SG」(スペシャルグレード)にも出場した。

      いま思えば、あのころが絶頂期だった。

      その後、俺は偶然のきっかけでレースの世界ではタブーとされる「八百長」に手を染めた。不正に稼いだ金額は、少なくとも5億円以上。俺が受け取ったのはその半分以下だが、すべて競馬や競輪など、競艇以外のギャンブルで使い果たした。

      なぜ、不正に走ったのか。その動機がカネだったことは間違いない。

      2500万円以上の賞金を稼ぎながらも八百長に手を染めた
      選手として、全盛期は年間2500万円以上の賞金を稼いでいた俺だが、それはたった数回、八百長をすれば稼げる金額だった。正規の賞金は税金がかかるが、八百長の報酬は無税だ。いったん不正の旨味を知った俺は、甘い誘惑から逃れられなくなった。

      ただ、カネだけが目的だったのかと言えば、そうではない気もする。

      単に稼ぐためであれば、もっと信頼できる賢い共犯者を選ぶことも可能だったし、分け前をきっちり「折半」、あるいはそれ以上に設定して要求することもできた。舟券を買うだけだったら誰でもできるが、不正レースの絵を描いて、それをきちんと成立させるのは俺にしかできない。

      だが子どものころから「宵越しの銭は持たない」という生活を続けてきたおかげで、そのあたりの金銭感覚は完全に麻痺していた。

      むしろ、カネよりも「自分の思い描いた八百長の構図をレースで演じ切る」という、倒錯した充実感が俺の不正に対する情熱を支えていた。

      昭和の時代に大相撲の八百長工作を担った元力士は、「難しい星勘定を完璧に帳尻合わせし、仲間から評価されることが快感だった」という趣旨の告白をしたと聞く。その意味で言えば、俺も自分の「完全犯罪」に酔いしれていた部分があった。

      八百長には「高度なテクニックが必要」だった
      詳しくは後に述べるが、俺が仕組んだ八百長は、いずれもかなり高度なテクニックを必要とした。

      有利とされるインコースからわざと負けるといった、誰にでもできるような単純な仕掛けは、俺のプライドが許さなかった。レースのメンバーと実力、エンジン機力、レース場の特性、当日の天候と水面コンディション、コース取り、人間関係を見極めたうえで、「ある選手を勝たせながら、別のある選手を妨害し、そして自分は3着に入る」といった困難なミッションを驚異的な確率で成功させた。

      「アカデミー賞の演技やな」
      いま思えばバカな話だが、共犯者から「アカデミー賞の演技やな」と称賛され、気を良くした俺はさらに難易度の高い八百長の構図を完成させることに夢中になっていた。相撲とボートの八百長にはひとつ、共通点がある。それは「強くなければ八百長はできない」という構造だ。

      相撲の世界の八百長は、強い力士の保険という性格がある。弱い力士が、ガチンコでやればまず勝てないという相手に八百長を持ちかけても、足もとを見られ、金額を吊り上げられるか、受けてくれないのがオチだ。カネを受け取って負けたほうが得策だと思わせるような実力がなければ、星を買うこともできないのである。

      ボートの場合も、不正をするには実力が必要だ。実力がないX選手がわざと着外に沈んでも、もともとX選手の舟券が売れていないので、X選手を外した舟券はオッズが全体的に低い。当然、儲けは少ない。

      そもそもX選手は実力的に大きなレースに出ることはできない。売上の少ないパン戦(一般レース)の前半戦で八百長を仕組み、大きく張って儲けようとすれば3連単(1着から3着までを着順通りに当てる)のオッズに大きな歪みが出てすぐにバレてしまう。

      5万円、10万円を抜いてやろうというプチ八百長で満足するのであればともかく、本格的な八百長を計画するのであれば、売上金額が大きいレースに出場できるような実力が必要だ。レースが大きければ大きいほど、売上高も大きくなり、オッズの不自然さも解消され、不正のメリットも大きくなるのだ。

      デビュー当時の思い
      2020年1月8日、俺は共犯者の元暴力団員、増川遵とともに名古屋地検特捜部に逮捕された。

      特捜部の検事は、どこから集めてきたのか、俺がデビューする前に1年間学んだ競艇選手養成所「やまと競艇学校」(現・ボートレーサー養成所)の卒業時に制作された記念のパンフレットを持ち出し、やけに丁寧な調子でこんなことを言った。

      「他の皆さんはみな、1日も早く大きなレースに出て優勝したいとか、賞金王決定戦で優勝したいとか、選手としての夢と目標を語っているのに、あなただけ“カネを稼ぎたい”とありますね……」

      それが本心だったのだから、仕方がないだろう―そんな表情を作って見せると、検事は上目遣いにこっちを見ながらこう続けた。

      「ある意味、あなたはこのときの目標に向かって、ブレることなく突き進んできた。そう言えるかもしれないですね……」

      確かに、俺は競艇が好きで選手になったわけではない。だが、入ったときから不正で稼ぎたいと考えていたわけでもない。他の選手が「賞金王になりたい」というのと同じ意味で、より簡単に「稼ぎたい」と言っただけのつもりだったが、検事的な視点からすると、すでに競艇学校時代から俺には「模範性」の欠如が垣間見えるということらしい。

      逮捕されてから約8ヵ月間、俺は名古屋拘置所に収容され、取り調べを受けた後に起訴された。その間、新型コロナウイルスの感染拡大が本格化し、8月に保釈されシャバに戻ったとき、世の中はマスクだらけの風景に一変していた。

      実刑判決を受け入れる覚悟
      公判では、事実関係について一切争わなかった。事実と違う点は多々あったものの、俺が不正に関与したという大きな事実は変わらない。本質ではない部分を争うために抵抗するのは無駄だし、弁護士の先生の「裁判官の心証を悪くする」という言葉にも納得したので、あえて反論しなかった。

      求刑は懲役4年、追徴金は3725万円。近く判決が出ることになるが、自身の罪は認め、たとえ実刑判決であってもそれを受け入れる覚悟はできている。許されないことをしてしまった俺だが、反省する気持ちまで失ったわけではない。

      「八百長」の全貌を語る
      いまの俺が、今回の事件で迷惑をかけてしまったファンや関係者に対してできることは、すべての真実を語り、懺悔することだけだ。本書は、元ボートレーサーが詳細に「八百長」の全貌を語る、史上初めての手記となるだろう。

      裁判では検察側の主張をほぼすべて認めたが、それは司法の場で細部を争う意味を見出せなかったからにすぎない。ファンに知ってもらうべき本当の真実は、すべてここにまとめた。自分にとって不利な告白となる、裁判で認定されていない八百長についても書いた。

      何を言っても弁解にしかならないことは分かっているが、すべてを明かすことが、贖罪と自分自身の再出発の条件であると俺は信じている。

      「いまもボート界に八百長は存在する」と断言できる
      ただ、この本に書いていない重要なことがひとつだけある。

      「いまもボート界に八百長は存在する」という事実だ。

      なぜそれを断言できるかと言えば、俺の不正には共犯選手がいたからだ。そして、それ以外にも多数の選手の不正事実を俺は知っている。誰が、いつ、どのレースで八百長をしたか、具体的に証言することもできる。

      俺は今回、事件を起こし逮捕されたが、検察にも、競技運営団体の一般財団法人モーターボート競走会に対しても自分のこと以外は一言も話していない。

      業界の浄化という意味からすれば、自分の知っているすべてを語り、告発すべきではないかという考えもあるだろう。しかし、すべてを失った俺とはいえ、他人を売ることはどうしてもできなかった。

      事件で逮捕される前、国税のガサ入れを受けた後、俺は絶対にアシがつかない方法で、関係者に連絡した。

      「俺は絶対に売らん。だからお前もしゃべるな」

      「分かりました。ありがとうございます」

      そういうやりとりがあったのも事実だ。

      ここで、誤解なきよう説明しておきたい。レースで不正をしている選手は、全体からすればごくわずかだ。ほとんどの選手はクリーンで、八百長とは無縁のはずだ。しかし、不正に関与していたのは俺だけではなかった。これは厳然たる事実だ。

      検察や競走会は、今回の事件を「前代未聞の犯行」という。

      そんなことはない。

      表沙汰になったのは初めてかもしれないが、決定的な証拠がなかったというだけで、水面下では常に不正はあったし、いまもある。検察はともかく、競走会はそのことをよく知っているはずだ。

      俺は今後も、他人のことについて話すつもりはない。ただ、本当に自分の身を守らなければならなくなった場合にはその限りでない。

      逮捕前の「自首」
      2019年9月、逮捕される3ヵ月前のことだが、俺はモーターボート競走会に「自首」した。これは裁判でも語ったことだが、俺は自ら外部の人間にレースの情報を流し、その人間が不正に利益を得ていたこと、さらにはその人間が国税の査察を受けた事実を告げ、責任を取る形で選手を引退したいという意向を伝えた。

      だがそのとき、俺は「一身上の都合」という引退理由を書かされ、その後、競走会は俺が逮捕されるまで不正に関与していたという内容を公表することはなかった。それを隠蔽と言わずして何というのだろう。

      2020年7月の公判で俺が「自首」したことを証言すると、競走会は「そういった事実は一切なく、事実無根であり、法的措置も検討している」とまで言い切った。俺が言っていることは、罪を軽くするための方便にすぎないというわけだ。

      大前提として、俺が起こした事件のおかげで、競走会や関係者に迷惑をかけたことは深く反省している。ただ、事実を覆い隠すのはやめるべきだ。競走会が、いまのような隠蔽体質を改めない限り、今後とも不正がなくなることはないだろう。

      法的措置を取られてもいまさら俺は困らないが、もし証言の信用性をめぐって全面的に争うのであれば、俺は自分の知る他の選手の不正を語ることになるだろう。もちろん、競走会が「業界の未来のためにすべてを公の場で話せ」というのであれば、いつでも俺は事実を話す。だが、いまの競走会にそこまでの覚悟があるとは思えない。

      業界の隠蔽体質を一掃したいという思い
      選手時代、俺はレースで「F」を切ることが多かった。Fとは「フライング」のことで、大時計がスタートを示すタイミングより前にスタートラインを踏み越えてしまう事故を意味する業界用語だ。フライングすると、当該艇の舟券は返還となり、売上は激減。選手は一定期間出場停止になるなど厳しいペナルティを受けなければならない。だから選手たちはいつもスタートで事故を起こさないように注意を払っていた。

      だが、もう俺はFを気にする人生とは別れを告げた。事件後、妻とは離婚し、もはや失うものもなくなった。ここからは思う存分踏み込んで真実を語り、迷惑をおかけしたファンの方々へのお詫びとさせていただきたい。そして、本書が不正の末路を示す「教訓の書」となるとともに、業界の隠蔽体質が一掃されることを切に願う。

      自身が出走するレースでわざと着順を落とし、高額配当を演出。そのレースの舟券を親戚経由で購入するという八百長事件……公営競技において絶対にあってはならない事件が明るみに出てボートレース界には大きな衝撃が走った。

      事件の中心人物は全盛期年間2500万円ほどの賞金を稼いでいた一流選手。お金に困ることなどないように思われるが、どうして八百長に手を染めることになったのか。元競艇選手西川昌希氏の手記『競艇と暴力団「八百長レーサー」の告白』より、そのきっかけを紹介する。

      「選手が認めやんだらばれへんわな」
      それはジュンと再会した翌年、2016年2月のことだった。

      休みの日、ジュンの家で雑談していたとき、ふとレースの話になった。ジュンはしばしば趣味で舟券を買っているようだったが、なかなか儲からない。

      「競艇って当たらんな。なんでガチガチの1号艇が飛ぶんやろな。考えられんで」

      ジュンがブツクサと文句を言っている。俺はそれを聞き流していた。オケラ街道でよく聞く、負けた競艇オヤジの戯言だ。

      ジュンが言っているのは、大本命の選手が3着以内に入らず、高額配当になったレースのことだった。

      6艇のボートが1周600メートルのプールを3周(1800メートル)して着順を争う競艇は、基本的に内枠が有利だ。

      レースの予想においては、(1)選手の実力(2)進入コース(3)エンジン機力の3要素が重要だが、もっとも内側の1コースに実力の高い選手が入れば、8~9割くらいの確率で、その選手が勝つ。ただし、100%ではない。大本命が3着までに入らないと、1着から3着までを着順通りに当てる「3連単」の配当は、ときに1000倍以上に跳ね上がることもある。

      「こんなん、飛ぶはずないのにな……」

      ジュンはまだ嘆いていた。「飛ぶ」とは、大本命が4着以下に沈むということである。

      俺は、何の気なしにこう言った。

      「飛ぶのが分かってて張ったらおいしいわな」

      すると、ジュンはその言葉に食いついてきた。

      「それでも、ようけカネいるやろ。たとえば1を切ったらどうなる?」

      「1つ切れば、3連単の買い目は60点になる」

      買い目を一つ減らすだけで組み合わせは一気に減る
      6艇が出走する競艇では、3連単の組み合わせは全部で120通り。ファンなら常識の数字だ。もし、1艇を完全に切って残り全部の組み合わせを買うとすれば、買い目の点数は半分の60通りになる。

      俺が具体的な数字を出すと、ジュンは「なるほど」といった表情を見せ、なおも食いついてきた。

      「儲かるんかな」

      「さあ。でも俺の場合、イン(1コース)の勝率、9割あるで。飛んだらさすがに60倍はつくやろ」

      要するに、本命となっているインコースの選手がらみの舟券を外し、その他の組み合わせをすべて買った場合、配当が60倍以上つくならば、どの組み合わせがきても儲かる。そういうことだ。

      すると、ジュンはこう言った。

      「そんなことをして、ばれんの?」

      「そりゃ、選手が認めやんだらばれへんわな」

      ジュンはもう俺が「飛ぶ」前提の話をし始めた。

      「たとえば、全部1万円ずつ60万円賭けるとする。その場合、どうやったらいい?」

      「ジュンちゃんの使ってるテレボートで大丈夫でしょ」

      テレボートとは、ネットで舟券を購入するシステムのことだ。すると、その会話を後ろで聞いていたジュンの妻がこんなことを言った。

      「テレボートで張って、国税にばれたらどうする? 大丈夫?」

      同じ公営ギャンブルでは、競馬のネット投票で巨額の利益をあげていたファンが、国税に摘発され、裁判になったという事件が大きく報道されたことがあった。だが、1万円程度の舟券が当たったところで、額は知れている。

      俺はこのとき、ジュンと不正をしてみることに同意した。

      なぜ不正に手を染めたのか
      この計画を最初に持ち掛けたのはどちらだったのか。ジュンは検察に対し「不正を西川昌希のほうから持ち掛けられた」と説明し、実際、そのように報道されている。

      俺は、そのことについて争うつもりはない。俺が持ち掛けたのか、ジュンが持ち掛けたのかということではなく、お互いが不正実行に同意したことがすべてであって、いまさら罪をなすりつけあう意味がないからだ。

      金が欲しいだけではなかった
      ただ、事実を言わせてもらえば、俺からジュンに不正を持ちかけるわけがない。もし金が欲しくて、本格的に八百長計画を練り、それを実現しようとするなら、組むべき相手は自分の家族や、もっと信用できる人間がいくらでもいた。ジュンとは儲けを折半する約束をしたが、もっと近い家族と組めば、儲けは総取りなのだ。

      たまたまその日、雑談のなかで「インで本命選手が飛ぶ」という話題になり、「儲かるのか?」と聞かれてから話がどんどん進んで、わずか1時間で「それではいっちょやってみるか」となったのである。

      興味本位で始めた八百長
      俺も確固たる覚悟で不正をしようと思ったわけではない。ただ「やってみたらどうなるのか」ということに多少の興味がわいただけだ。胸を張って主張できるような話ではないが、少なくとも俺が前々から八百長に興味を持ち、覚悟を決めてジュンに共犯を依頼したというのはどう考えても事実と違う。

      ジュンがこう言った。

      「儲かったら、取り分はどうする?」

      「儲けが出たら半々でええよ」

      「いいのか?」

      「俺は見てのとおり、お金にだらしないところがあるで、カネを持ってても間違いなくギャンブルに消えてしまう。そのかわり、俺がカネに困ったときがあったら、ジュンちゃん、貸してくれ」

      「分かった」

      こうして、俺とジュンは、不正をスタートさせることになった。

      どうして、このような大それた不正をしたのか――多くのファンや関係者は、そう思っていることだろう。

      後に逮捕され、名古屋拘置所にいたとき、ある新聞記者が面会を求めてきた。そのときも、こう聞かれた。

      「なぜ犯罪に手を染めたのですか。悪いことだとはわかっていたでしょう」

      俺は、裁判が始まる前から、取材ではなく説教を垂れようとするこの記者に、うんざりした印象を持った。

      「記者さん、それはひと言で説明しにくいですよ。殺人犯に“なぜ殺したのか”と聞いても、言葉では完全に説明しきれない部分があるのと同じです」

      面会室で正義漢ぶるこの記者に、俺はあえて屁理屈をこねてみせた。

      身内に暴力団関係者がいたことによる差別
      動機はカネだったと言えば、それは間違いではない。ただ、それがすべてではない。不正は、少なくとも計画性があったものではなかったし、俺自身も、いまだにその動機が分からない部分があるのだ。

      少なくとも2015年まで、俺は選手として順調に成績を伸ばしてきた。この年3月にSG初出場を決めたころには減量にも真剣に取り組み、仕事に対するモチベーションも高まっていたように思う。身内に暴力団関係者がいるという理由で差別を受けた俺は、SGに出場したとき、初めて周囲を見返すことができたような気がした。

      短期間に犯した二度の「F」
      だが2015年5月、俺は「節間F2」という、大きなミスを犯してしまう。同一シリーズにおいて、スタート事故であるフライングを2度も切ってしまったのである。

      スタートは、早く行けば行くほど有利になるが、踏み込みすぎてフライングすると、その艇に関する舟券はすべて払い戻しとなる。特に大きいレースでフライングすると、施行者側に大きな打撃を与えることになるため、「Fを切るな」は、この業界でお経のように唱えられるフレーズだ。

      ペナルティは、1本目のFで30日。2本目で60日。合わせて90日間の出場停止だ。ちなみに3本目になるとさらに90日の休みが追加される。3本フライングを切ったら半年休み。半年間の間にフライングが4本以上となったら、もはや引退勧告級だ。

      フライングしてしまうのもひとえに自分の実力とはいえ、ここでの3ヵ月間休みはかなり痛かった。

      当時の俺の心のどこかに「なかなかうまくはいかんな」という思いが残っていたのかもしれない。もちろん、それを不正に走った言い訳にするつもりはない。それは俺の「弱さ」そのものだった。

      1号艇「ブッ飛び」作戦
      ジュンとの「悪の密談」から数日が経過し、俺は岡山県の児島競艇場で2016年2月11日から開催される6日間シリーズの一般レースに参戦した。

      競艇選手はレースの期間中、携帯電話を施行者に預け、外部との連絡は一切できないようになっている。過去、通信機能付きの端末を持ち込んだ選手が、1年間の出場停止処分を受けたこともある。もちろん、不正防止が目的だ。

      俺とジュンは、手始めにもっともシンプルな八百長を試すことにした。それは、次のような計画だった。

      高配当が期待できるレースで八百長を行う
      競艇選手は、1日に1回、ないし2回の出走がある。6日間開催のシリーズだと、おおむね10走程度のレース出走が予想されるが、「2回目の1号艇」のとき、俺がわざと4着以下になり、ジュンが俺を外した3連単の舟券を買う。

      名付けて「ブッ飛び」作戦だ。

      なぜ、1号艇のときに不正をするかといえば、俺が1番人気になり、負けたときの配当が高くなることが確実に予想されるからだ。

      出走表で「1号艇」になると、ほぼ確実に最内の1コース(イン)に入ることができる。

      そうなれば、レベルの低い一般戦であれば、俺が本命になることは間違いなかった。

      レースでは公平を期すため、予選段階では基本的に、全選手に1~6号艇がなるべく片寄らないように割り振られることになっている。10走以上となると、1号艇が2回は回ってくるため、そのときを狙っていこうという作戦である。

      レース5日目、第7レースでついに2度目の1号艇が回ってきた。

      作戦実行の瞬間
      人生初の八百長……ここで俺が失敗すればおそらくジュンが張っている大金を溶かすことになる。

      もっとも今回は「ブッ飛び」、つまりわざと負けるレースだ。勝つのは難しいが、負けるのは簡単だろうと誰しもが思うだろう。だが、コトはそう単純じゃない。

      たとえば、有力な選手がスタートでインからドカ遅れして負ければ明らかに不自然で、それが2回、3回と続けば公正課に呼び出されて事情を聴取されたり、ファンにも疑念を持たれる。かといって、普通の感覚でレースに臨むと、1マークを回ったところで先行してしまう可能性がある。

      競馬や競輪と違って、競艇ではいったん先行した艇を後続艇が追い抜くのは相当、実力差がある場合に限られる。動力はエンジンだから、馬や人間と違って「疲れて失速」ということがないためだ。もし道中でズルズルと追い抜かれたら、それこそおかしなレースと目をつけられてしまう。

      有利なインコースから先にターンして、できるだけ自然かつ速やかに4着以下に落ち――その難しさは、競艇ファンには何となく理解してもらえるだろう。

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