茅原悠紀に取材と撮影を依頼したことがある。快く引き受けてくれた。
撮影場所が河川敷だったこともあり、帰りはタクシーに同乗することとなった。
その帰り道、偶然にもタクシーの運転手さんがボートレースの話をし始めたのである。
それも、「自分は50年以上親しんでいること」「選手には力量の差があり勝敗の分かれ目になること」「整備や調整のうまい者は結果を出してくること」「レース場によって展開の傾向が違うこと」などを熱く語ってくれた。その「演説」に茅原悠紀は耳を傾け、同調し、また質問を繰り返したのである。
自らがグランプリレーサーであることは一切口にしなかった。
特に面白かったのは、1マークのハンドルの切り方と加速方法のくだり…。
その運転手さんの「教え」に聴き入る横顔を見るにつけ、懐の大きなナイスガイだとあらためて感じ入ったのをよく覚えている。
1年8カ月前のできごとである。そして、タクシーから降りる際、茅原は「茅原悠紀って選手はどうですか?」と聞いた。
運転手さんは、「知らんなあ…」と返した。
茅原悠紀は、「まだまだですねえ…」と、最高の笑顔でクルマを降りたのである。屈託のない朗らかな性格は、勝ち負けを繰り返す勝負の世界に生きる者に欠かせない要素のひとつであるような気がしてならない。
ボートレース徳山(山口県周南市)の「G1第64回中国地区選手権競走」は17日、最終12Rで優勝戦が行われ、茅原悠紀【写真上】がイン速攻で圧勝。64代目の中国チャンプに輝いた。2着には地元の白井英治、3着には女子レーサーの寺田千恵が食い込み、2連単は1番人気の1-4で290円、3連単は7番人気の1-4-5で1950円と本命サイドで決着した。
この日は全国3場で開催が中止になるなど、全国的に強風に見舞われた。徳山も例外ではなく、優勝戦は安定板装着のうえ、展示1周、本番レース2周で行われた。安定板装着はイン有利に働く。しかも、本番ではそこまでの強風ではなかったことも茅原にはプラス材料だった。
茅原のG1戦制覇はこれが7回目だが、そのうち4回がここ徳山。昨年5月の周年でも、本番直前に向かい風が強まりスロー勢がスタート不発、カドだった茅原はまくり勝ちしたことが思い出される。G1戦初優勝だった2012年9月の新鋭王座決定戦(当時)でも、インのFによる繰り上がり優勝と、徳山ではとにかく流れが向く。今節も予選トップだった地元の白井英治が準優勝戦でまさかの2着。予選2位だった茅原に1号艇が回ってくる幸運も味方した。
今大会のテーマは昨年引退した今村豊さんをポスターに起用しての「レジェンドを超えろ」だった。茅原は優勝直後のインタビューで「レジェンドを超えることなんて絶対にない。でも、少しでも近づけるよう頑張ります」ときっぱり。今年は2014年の平和島グランプリ以来、遠ざかっているSG戦制覇を目指す。