女性の社会参画が進み、様々な業種や職場で女性が活躍するようになった。スポーツも同様で、従来は「男の世界」と言われた競技にも女性が続々と進出し、男性選手と対等の活躍を見せている。
6艇のボートが600メートルの競走水面を3周走って順位を争う「ボートレース」もその1つだ。現在日本に1580人いるボートレーサーのうち女子選手は228人(2021年1月1日現在)。その数は年々増えている。
女子選手だけで組まれるレースもあるが、男女が一緒に戦う混合戦の比率が高く、そこで女子選手が男子選手に勝利することも珍しくない。男性に交じって戦い、勝利し、高額の収入を得ることも可能な世界なのだ。
そこで現在のボートレース界を代表する3人の女性レーサーに、「水上の格闘技」とも呼ばれるこの競技で、男性とは体力差があるにもかかわらず女性が活躍できる理由や、女性ならではの苦労などを率直に語ってもらった
史上最年少でレディースチャンピオンを獲得した大山千広。ボートレーサーの母(2018年に現役を引退した大山博美)を持ち、子どもの頃から職業として意識していたという。その経緯は現在放映中のボートレースのCMに養成所の生徒役として登場するハルカ(芋生悠)を彷彿とさせる。
「子どもの頃は、どちらかというと“冷めた子”でしたね(笑)。母の影響でボートレーサーへの憧れはありましたが、『何が何でも』というほどの強い思いではなく、『なれたらいいな……』くらいの淡い憧れ。
ただ、母のことを『カッコイイな』と思っていたのは確かです。レーサーという職業が、というより『どの友達のお母さんとも明らかに違う母親』というところがカッコよかった。自慢でした」
レースで勝つための技術は「先輩に教わる」
2014年に高校を卒業した大山は、福岡県柳川市にあるボートレーサー養成所に入所。厳しい訓練を経て翌15年5月にプロデビューを果たす。今でこそ2018年の最優秀新人、2019年のPG1レディースチャンピオン獲得など輝かしい経歴を持つ彼女だが、意外にも初勝利までには1年の歳月を要した。「デビューしてすぐに1着を取る人もいる中で、遅いほうですね。だから初めて1着を取った時もあまり喜んでいる暇もなく、あくまで『通過点』という感じでした。そもそもデビュー戦(6着=最下位)のこともほとんど覚えていないんですよね……。何しろ一番の下っ端なので、ピットでの下働きが大変で(笑)」
ボートレーサーを育成する養成所では、プロのレーサーにとっての基本中の基本しか教わらない。実戦で役立つ技術や知識はすべて先輩から教わるしかないため、水の上でも陸にいても、先輩後輩の上下関係が重要になってくる。
「先輩レーサーの艇番(ボートに取り付ける番号札)を揃えて並べたり、洗濯物を取りに行ったり……。そうしたお手伝いをする中で、レースで勝つための技術を先輩から教わっていくんです。
積極的に先輩に聞きに行けたら良かったんですけど私はそれが得意なタイプでもなかったので、先輩レーサーのお手伝いに専念していました。でもそれを『つらい』とは思わなかった。部活の延長みたいな感じで捉えていましたね」
他にもボートレースならではの意外な慣習を話してくれた。
「ボートレースの“人としての礼儀”を重んじる面も私は好きで、例えばレースが終わって陸(「おか」=競走水面以外の地上の総称。特にピットを指すことが多い)に上がると、一緒に走ったすべての選手に挨拶をする決まりがあります。道中(=レース中)、先輩の後ろを走った時は『ありがとうございました』、先輩より前を走った時は『失礼しました』。
レース中に、たとえ故意にではなくても危険な状況を作ってしまったときは、何をおいてもまずそのお詫びをします。これは先輩後輩の関係なく、先輩が後輩に水をかけてしまったときなども、『ごめんね』と謝るんです」
「恐怖の方が大きい」体感時速120kmの世界で
「水上の格闘技」の異名をとるボートレース。最高時速は80kmを超え、レーサーの体感速度は120kmに達するなか、落水や転覆の危険性とも常に戦わなければならない。「ボートに乗るのは楽しいけれど、正直レース中は恐怖のほうが大きいです。レース後に『あの時は紙一重だったな……』と思ったことは数えきれません。
派手なアクシデントのほうが、事故の中心にいる当人は冷静だったりするんです。意識がスローモーションになる(笑)。『ああ、落ちるんだな』と、意外なくらいに冷静なんだけど、どうすることもできない。意外とお客さんの声も聞こえたりして」
「『自分が男だったら……』って思うことはありますよ(笑)」
ボートレースにはファンの投票によって出場資格が与えられるレースもある。そこでも大山は、圧倒的な人気を誇る。5月にボートレース若松で開催される「SG 第48回ボートレースオールスター」のファン投票でも、全体で3位(女子では1位)だった。スポーツの中でも数少ない「男女混合で競う」ボートレース。女子レースもあるなか、男子に交じって優勝を競うレースもある。女子のトップレーサーとして戦う大山は、そのあたりをどう考えているのだろうか?
「女子だけのレースでは『勝たなきゃいけない』という思いが強くて、どんなにモーターの調子が悪くても『結果を出そう』と考えています。男子より女子が有利な点は『体重の軽さ』だけ。それ以外の面ではやっぱり男性には敵わない。『自分が男だったら……』って思うことはありますよ(笑)」
男女の体格や体力の差を意識せざるを得ない瞬間の連続に身を置く女子レーサー。硬い水面の上を猛スピードで走っていくボートは、傍目から見る以上に暴れている。それをうまく操るには、ボートを押さえつける力は重要な要素になってくる。
「それだけじゃありません。反射神経、瞬発力、動体視力……そのどれもが男子のほうが優れている。女子の不利な面は、階級が上がるほど強く感じますね。でも、それを上回る技術を身に付けたいとも思う。だから混合戦では男子レーサーの乗り方を身近で見て、勉強に徹しています。
男女の差はもちろんあるけれど、レーサーにとって何よりも大切なのは『考えて動ける技術』だと思うんです。自分自身を分析して、要領よく冷静に動くための考え方を身に付けている人が強くなれるスポーツだと思うので……。そういう意味で、私なんてまだまだですよ」
「挑戦できるのは女子レーサーの特権だから」
男子レーサーとの差を強く感じる日々でも、誠実にボートレースと向き合い続ける。だが、女子レーサーの壁は他にもある。結婚や出産に対する葛藤だ。「将来のことはやっぱり考えます。レーサーとして上を目指せば家庭に充てられる時間は短くなるし、家庭を優先すれば出場機会が減って獲得賞金も減っていく……。そこが女子レーサーにとって最大の悩みですよね。でも、いま私と同じ世代の女子レーサーに『男子には負けたくない!』って頑張っている選手がたくさんいるんです。彼女たちと一緒に努力して、いい結果を残していきたい」
前述の通り、2019年に大山は「レディースチャンピオン」の覇者となった。23歳6カ月でのレディースチャンピオン優勝は史上最年少の快挙だ。
しかし、彼女は「高評価に値する実績ではない」と言い切る。謙遜ではない。自分より上の選手はいくらでもいることを日々のレースで、肌身で実感するからこその畏怖だ。いまは、自分の中にある伸びしろを探すことに全力で取り組む時期だと捉える。
「せっかく男子と女子が一緒に走れる競技なので、その中でトップになりたい。男子みたいなターンは女子には無理なのかな……なんて思うことはあるけれど、無理と決まったわけでもないし、そこに挑戦できるのは女子レーサーの特権だから」
最後は、力強くこう締めくくった。
「決して夢ではないと思うんです。だって女子のほうが男子よりも負けん気が強いし、あきらめの悪さも持っている。どこのレース場でも練習の時、最後まで調整したり試運転をしている女子レーサーは多いですよ」