「これが最後のボートレースになると思います。最近はもの忘れも激しいし……、人生最後のギャンブルですね」
20年12月18日11時30分。「ボートレース平和島」にやってきた漫画家でタレントの蛭子能収さん(73)は弱々しくつぶやき、寂しそうな表情を見せた。
パチンコ、マージャン、競馬、カジノとありとあらゆるギャンブルをやってきた蛭子さんにとってボートレースは特別なもの。20歳の誕生日当日に故郷、長崎にある「大村競艇場」(現・大村ボートレース場)で、その魅力に取りつかれて以来、53年間、ボートレース場に通い続けてきた。全国にあるボートレース場すべてに足も伸ばした。
たしかに負けに負けた。これまでボートレースに1億円以上つぎ込んでいるが、ボートレースに対する愛は尽きることがない。
2020年7月にテレビ東京系の番組「主治医が見つかる診療所 2時間スペシャル」で蛭子さんは初期の認知症であることを公表。それでも『女性自身』で連載している「ゆるゆる人生相談」では、空気を読まない迷回答ぶりに磨きがかかり、相談者の心を軽くさせていた。
その人生相談の取材時に、蛭子さんは、
「ボートレースに興味がなくなりました」
ぼそっと口にした。同席した蛭子さんのマネージャーも、その発言に衝撃を受けていた。
そんな蛭子さんに少しでも元気になってもらおうと「ボートレース平和島」に誘ってみた。ギャンブラーとして蛭子さんの最後を見届けるつもりで……。
「ボートレース平和島」では、「スペシャルグレード第35回グランプリ」が開催されていた。今年の賞金王を決めるボートレースの最高峰。最後の戦いに挑む蛭子さんにとっては最高の舞台だ。
ボートレース人生53年間の集大成──。この日の蛭子さんはいつもと違っていた。
その日、初めて臨んだ4レースで、1万8千630円の万舟(100円の舟券が1万8千630円! 競馬で言う万馬券)をいきなり当ててみせた。
蛭子さんが購入した舟券は〈1256〉のボックス。ボックスとは複数の艇の、全ての組み合わせを買う方法。6隻のモーターボートが走行するレースで1〜3着に、1、2、5、6号艇が入ることを蛭子さんは予想して、見事に当てたのだ。
「やっぱりモーターボートのエンジン音はいいですね」
そう語る蛭子さんは、舟券の購入額を差し引いた1万5千900円を手にして、少し寂しげに笑った。
半世紀以上、ボートレースをしている蛭子さん。最近は出目買い(過去のデータから勝つ確率の高い舟券を購入すること)に固執していた。ところが、今日は違う。ボートレースではレース前に、舟券を買う客が、選手やモーターの状況を直前に知ることができる「スタート展示」が行われる。蛭子さんは掲示板に表示される、各選手の「展示タイム」をボートレース専門紙『研究』に次々の書き込んでいく。
本気だ。真剣に挑んでいる。
ところが、続く第5レース、第6レースと予想が外れた。
読みが外れるごとに、蛭子さん表情がほころんでいく。顔が紅潮し、口数も多くなる。
蛭子さんは常々、こう語っていた。
「本命選手がすんなりいくレースは面白くありません。ギャンブルも人生も本命が来ないところに面白さがあるんです。だから、弱い選手を応援する意味も込めて大穴をよく買うんです」
小さな勝ちではなく、大きな勝ちにこだわる──。蛭子さんの人生哲学でもある。
7〜11レースも、いいところまったくなし。第4レースで増やしたお金も、だんだん減っていった。しかし、最後の大勝負が待っている。
ギャンブル人生の最後のレースとなる第12レースも、しっかり「スタート展示」を見た。時間をかけて予想して購入した舟券は「1、4、6号艇のボックス」を200円。当たれば、この日、2度目の万舟は確実だ。
しかし、無情にもレース結果は「1-6-2」──。蛭子さんが予想した4号艇は4着に。
人生最後の大勝負。蛭子さんはあっけなく散った。
夕日が差し込む水面が輝いていた。最後のボートレースを終えた蛭子さんはこうつぶやいた。
「また来週、来ようかな。やっぱりボートレースはいいですよ。引退……、オレそんなこと言ったっけ?」
あっさりと引退を撤回した……。
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