戦いに明け暮れる365日
サッカーや野球など、ほとんどのプロスポーツリーグでは、試合が集中的に行われる「オンシーズン」とコンディションを整える「オフシーズン」が明確に分かれている。しかし、ボートレースにはそういった長期の「オフシーズン」はない。通常4〜6日、最大7日間の「節」単位で開かれる全国各地のレースに、選手たちは出場している。一節が終われば、すぐまた次の開催地へと全国を飛び回る日々。その合間に、レースの反省とフィードバック、最低体重制限を意識した体調管理、次のレースで勝つために必要なメンタルの調整を行う。365日間、ほぼ休みはない。
オフシーズンのような長期のインターバルは、スタートでのフライングなどによるペナルティとして与えられるか、自らの意志でレーサーとしての活動をストップさせない限り、決して訪れることはない。当然、その間の獲得賞金はゼロになり、収入源は絶たれる。その上、年末に行われる「グランプリ」および「クイーンズクライマックス」といった、その年の獲得賞金ランキング上位が出場できるビッグレースなど、活躍した選手たちが集うレースへの出場が遠のいてしまうのだ。
日高逸子選手
これだけハードな世界で30年以上、生き残ってきたボートレーサーがいる。1985年にデビューした日高逸子選手は、過去2度の出産とレース中の負傷による休養以外に大きなインターバルを挟んだことがない。2018年の出走回数は318回。これは女子最多であり、全レーサーでも6位の記録である。「出走回数が多いのは、あくまでもレースに出続けていた結果に過ぎません。ボートに10日間乗らないだけで感覚が鈍るので、できるだけ休みを挟まずに乗り続けたかったんです。そもそもボートレーサーにとってレース本番は、自分を成長させる最高の練習になりますから」
結果を出すために、誰よりもボートに乗り続けたい
そんな日高選手は、ボートレースの最高位「SGクラス」のレース出場回数で、歴代女子1位をマークしている。2014年には、その年の賞金女王をかけて競う頂上決戦「クイーンズクライマックス」で見事優勝を果たした。長期に渡って結果を出し続ける彼女についた異名は「グレートマザー」。しかし、当の本人は自身を「あまり上手くない選手」と評する。日高逸子選手
「若くてセンスのあるレーサーの走りを見ると、『私にあのターンはできないな』と思ってしまうことがあります。もしできたとしても、何回かのレースのうちで1回や2回程度。その中で良いターンの確率を上げるためには、とにかくボートに乗り続けるしかありません。それに、ボートレーサーは歳を取ると感覚が鈍くなり、どうしてもスピードが落ちてしまいます。若い選手たちと並んで戦い続けるためには、むしろベテラン選手のほうが練習しないといけません」新しい目標を見つけ、引退を考えるのは止めた
現在57歳。50歳を超えたばかりのころは体の不調もあり、思いどおりの走りができない時期もあったという。しかし、新しい目標を掲げることでボートレースへの情熱が再燃し、一節一節を大事にしながらレースに打ち込んでいる。「私は、目標がないとモチベーションが維持できないタイプなんです。結果が出ない時期は、引退を考えたこともありました。でも、2014年にクイーンズクライマックスを獲り、まだ現役でやれる自信が湧いてきた。『女子最年長レーサーになる』という新しい目標を立てたのもその時期ですね。これをきっかけに、引退を考えるのは止めました」
日高逸子選手
現役生活を続ける限り、ボートレーサーがボートレーサーでなくなる瞬間はない。ストイックなグレートマザーは最年長女子レーサーの座を目指し、今日もボートに乗り続けるのだろう。※出走回数には選手責任外の事故は含んでいない
※年齢等は2019年1月時点の情報日高逸子(ひだかいつこ 1961年10月7日生)
登録番号3188 身長155cm 56期 福岡支部所属
2人の子供の母であり妻という顔をもつ現役トップレーサー。その生き様から「グレートマザー」のニックネームを持つ。